挨拶のない朝は…
6時35分の電車に飛び乗る。11月…だんだん朝が薄暗くなってきた。これからもっと暗くなっていって、来月頃にはこの時間帯は真っ暗な状態になっているだろう。
木曜日の朝は、早い。その分早く帰れるというメリットもある。だがこの早朝だと妻子が寝ていることが多く、朝の「おはよう」が出来ずに顔を合わせることもなく家を出発することも少なくない。
その日ほど、家族の顔が見たいと思う日は無い。妻は今頃一生懸命リモートワークをしているだろうか。娘の弥生は友達と保育園でどんな遊びをしているだろうか。
昨日の休みの日のことを振り返る。「もう少し遊んであげることができなかったか」「もう少し優しく接することができなかったか」など。もはや昨日のことが遠い昔のように感じるのは、自分が年を取ってきている証拠なのだろう。
お風呂好きなわが子
弥生はお風呂が好きだ。僕と一緒にしょっちゅう地元のスーパー銭湯へ行く。そこではしゃぎすぎて、自分の全身をひけらかすような遊びをする。「こらっ!他の男の人に見られるぞ」とあわてふためいて僕は彼女を制する。
一緒にお風呂に入れるのもあと1年くらいか。彼女が小学生に入る前に、しっかりと異性というものをいい意味で意識させたいと考えているからである。男性というのはとても大切な存在であり、そして危ない対象であることを覚えさせなければいけない。
それまでは、彼女と接することができる機会をなるべく多く作りたい。今日は早く帰られるので、一緒にお風呂に入ろう。そう心に決めた。
お風呂パーティー
…そして夕方…
「パパ!おかえり」
弥生が玄関に向かって走ってきた。僕は彼女を抱きかかえる。
「ただいま、弥生、今日パパとお風呂に入ろうか」
「うん!はいる!」
元気の良い返事に僕の疲れは吹っ飛ぶ。料理中の妻に
「今日は弥生と風呂先もらっていいかな?」
とお伺いを立てる。
「…どうぞ」
と言う他人行儀の妻の事を考えすぎてもしょうがない。僕は長女に集中した。
「よし、お風呂パーティーしようか!何飲む?もちろんママの作った夜ご飯はしっかり食べるんだぞ!」
と妻に聞えよがしに言う。
「カルピスがいい!」
と弥生は言った。僕はさっそく準備にとりかかった。
風呂の浴槽と床、鏡をさっと洗ってお湯を張る。その間に、彼女のリクエストのカルピスを作る。
「弥生、カルピスはシュワシュワのやつで良いか?」
「うん!シュワシュワがいい」
冷蔵庫からカルピス原液と炭酸水を取り出して割る。最近は大人びてしまって、カルピスソーダが好きらしい。
「お風呂ためている間に、もう身体洗っちゃおう」
「はーい」
僕と弥生は服を脱ぎ浴槽へ。身体と髪を洗っている間にお風呂が沸く。
「では入りますか」
浴槽の蓋を半分閉める。水気をふき取り、スマホスタンドを立て、ジッパーに入れたiPhoneを立てかける。彼女のリクエストのカルピスソーダをセッティングして準備完了である。ちなみに僕の分の炭酸水ジョッキもセット済みだ。
「じゃあ、なに観る?」
「ポケモン!」
彼女は即答した。プライムビデオから、彼女が好きそうなポケモンを選ぶ。
「じゃあ、この作品にしようか」
せまい浴槽の中で、ちいさなiPhoneの画面で、飲み物を飲みながら映画鑑賞。こんな些細なことでも彼女は「パーティー」と豪語する。幸せとは、必ずしも金をかけるものではなく、こうしてオリジナルな時間を作って過ごすことでもある。
続く
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