高校時代はエースピッチャーだった友人
雑踏をかき分ける。16時という中途半場な時間だというのに、赤羽には多くの人が行きかっていた。
高校生、社会人、学生、幼児を連れた母親…ぶつからないように気を付けながら人混みを抜ける。本当に人口が減少しているのだろうか?東京はそう感じさせる街だ。
改札前で待っていると、なじみの顔が右手を上げた。FUJIWARAの原西さんのようなヘアスタイルに、無精ひげを生やしている。丸眼鏡をつけた彼は、どう見てもフリーターにしか見えない。
「よっ。久しぶり」
「辻…ニートみたいな見た目だな」
「まぁ似たようなもんよ。今有給消化中でずっと家にいるしな」
辻は、高校の同級生である。野球部のエースでキャプテンだった男だ。球場で白球を投げるその姿は、勇ましく格好良かった。エースピッチャーではあるが、彼は昔から繊細な心の持ち主だった。プレッシャーに弱かった。
高校最後の夏。2点リードしていた僕たちの高校は9回裏の満塁になり、辻の渾身の一球は逆転サヨナラのタイムリーを打たれたのだった。
「せっかく観に来てくれたのに、勝てなくてごめんな…」
彼は試合直後、大泣きしていた。今でも鮮明にそのことを覚えている。
優し過ぎる友人
そんなナイーブで優しい彼の性格は、社会人になっても何かと足かせになったようだ。
年収1,000万を超える最大手の保険会社に勤めた彼は、社会の波に17年間頑張って揉まれた。結果、彼は退職の道を選んだのだ。
「辻、仕事楽しいか?」
と僕が尋ねると彼はいつも
「つまんね」
とつぶやくだけだった。
「やまだに『仕事楽しい?』て聞かれていつも『つまらない』って答えたら、やまだにいつも怒られたな。楽しくやろうと頑張ったんだがな」
僕の思考法として、楽しくない仕事を「楽しくない」と口に出すと、それが現実化する。だからつまらない仕事の中でも楽しい部分を見つけて、「楽しい」と口に出すことでそれを具現化する。そんな方法で仕事を続けている。
だが、辻はどうやっても仕事を「楽しい」と感じることができなかったようだ。
居酒屋の予約時間までは少しばかり時間があった。僕たちは0次会として、テキトーな店に入店した。
「すごいレトロな店だな」
「そうだな。さすがディープ赤羽」
店員さんに聞くと、もともとはスナックを経営していたお店を買い取ったのだとか。
居酒屋「オレンジ」(店情報がほぼ無い超レアでレトロなお店)(←クリックでお店情報)
僕たちは瓶ビールだけ頼んだ。お客さんが誰もいない店内は、ビールを注ぐ音が際立った。僕らはお互いのグラスと「チンッ」と鳴らした。
いろいろな人生
「四国って良い場所だよな。のんびり暮らせそうで。出発は?」
「12月」
「奥さんは会社やめること、引っ越すこと何も言わなかったの?」
「いいんじゃないって。ゆっくり休む時は休んだ方が良いって言ってくれた」
「良い奥さんを持ったな」
「そうだな」
ビールを一口すする。
色んな人生がある。彼の選んだ道だ。彼がそれが正しいと感じたのだ。黙って背中を押してやるのが友人というものだ。
だが何よりも、寂しい。四国に行ってしまうと、いつでも会える状態ではなくなってしまう。それだけが僕の引っかかる所である。
「そろそろ1次会の時間だな。店移動しようか、みんなが待ってる」
「おう、そうだな」
僕たちはレトロな飲み屋を後にした。1次会は高校の友人6人が激励しに来てくれる。20年以上も付き合いがあるこのコミュニティを、僕はいつまでも大切にしたいと、強く思った。
続く
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