誰にも親がいる(もしくはいた)
親が自分を生んでくれたからである
親子関係というのは、ハッキリ言ってとても難しい
色々な、親子の距離感がある。一概には言えない。だが間違いなく言えることは
あなたは、親のために生まれてきたのではない
ということだ。
会社の後輩の送別会
今月末で退職する後輩の女性の送別会が行われた。
大がかりなものではく、計6人の小さな送別会である。
その女性がメンバーをチョイスした。その1人に、僕も選ばれ呼ばれた。
その女性は西村さんといって、170cmの長身の美人さんだ。社内でも人気があり、きっと彼女を好きな独身男性も多かったと思う。
「やまださん、私の送別会してくださいよ」
フランクな彼女はそう言った。そんな言葉遣いもちょっと荒々しくても許せるくらいの人懐っこい性格だったので僕も悪い気はしなかった。
子供は誰のために生まれてきたのか?
そんな彼女に本当の退職理由を、送別会で聞いてみた。
「西村さん、なんでやめちゃうの?良い会社だって言っていたのに」
西村さんのビールジョッキを持つ手が止まる。彼女は少し間を置いたかとおもうと、ポロっとしゃべる出した。
「うちの親が『もっと近いところで働け』って言ってきたんです」
僕は驚いてしまった。
「西村さんは実家暮らしだったね?」
「はい」
「独り暮らしはしないの?」
「親がやっているおばあちゃんの介護を、これから私も手伝わなくてはいけないんです。だから今の職場よりももっと近い所で働けって…そう言われたんです」
しばしの沈黙。間を持たすように僕はハイボールをわざと喉で鳴らす飲み方をした。
「親御さんが、ずっとおばあちゃんの面倒を見ることはできないの?」
「…大学に行かせてもらう条件が、そのおばあちゃんの介護だったんです。だから親には逆らえません」
「西村さんは今まで反抗期ってなかったの?」
「なかったです。ずっと親の言うとおりに生きてきました。親のいう事のままにしたら、今まで間違いがなかったので」
「そう…」
他の4人が西村さんとは別に談笑していたその音をBGMに、僕はひたすらハイボールを進めた。
時間はあっという間にすぎる。22時30分頃になっていた。
「あ、私そろそろ…」
「ん?終電までまだもう少しあるよ?」
強要にならないように気を付けながら、穏やかに僕は聞いてみる。
「あの…門限があるので」
西村さんはうつむきながら話した。
「え…西村さんの家、門限あるの?」
「はい…親の取り決めで」
「…」
今日、西村さんと会うのは最後になるだろう。僕は今まで西村さんに口酸っぱいような事は何一つ言ってこなかった。仕事面ではいう事がなかったからだ。
ここで言わなければ、彼女のためにならない。僕はそう思いきった。
「西村さん、他のご家庭のことをとやかく言う筋合いはないのを承知で言うね…」
西村さんは僕を見つめた。
「何か普通で、何が普通じゃないかっていうのは人それぞれだし、一概には言えない。でもね、その状態はハッキリいって異常だと思う」
「…」
西村さんは黙って僕から視線をそらさずにいた。続きを待っているようだ。
「おばあちゃんの介護をするために西村さんが会社をやめなきゃいけない?西村さんは今の会社が好きなんでしょ?」
「…(コクッ)」
彼女は黙ってうなずいた。
「君の人生はどうなるの?君がやりたいことは、親がダメって言ったらダメなの?」
「…」
「君は何のために生まれてきたの?おばあちゃんの介護をするために生まれてきたの?」
「…」
「親御さんは、西村さんのことをどうしたいの?僕には分からない。門限を作るのは何のため?危ないから?その危なさは27才になる西村さんは判断できないの?西村さんの可能性を狭める選択をしているとしか、僕には思えない。なんで君がおばあちゃんの為に犠牲にならなきゃならないの?」
「…」
彼女は下を向いた。そしてボロボロと涙をこぼし始めた。
「…逆らえないんです。親には」
僕は続きの言葉を止めることはできなかった。
「親御さんのこと知らなくて、そんな知りもしない親御さんの批判になっちゃっているから、僕のことは嫌いになっても構わない。でもこれだけは言う。その生き方は間違っている。何故なら、君の人生が奪われているからだ」
西村さんが流した涙を見て、周りの4人が会話を止め、こちらを向いた。
「君の人生だ。君がしたいことをすればいい。親の方針なんて、僕からしたら『ふざけるな』って言いたい。何のために自分は生まれてきたんだ?親のために勝手に産み落とされたのか?自分は親の操り人形か?違うだろ!親は子のために一生懸命に生きるべきなんだ。親は子のために命張らなきゃいけないんだ。『こっちの事は大丈夫だから、自分の好きなように生きな』っていうのが、親だろ!!そんな親なんて親じゃない!僕だったら家飛び出して二度と帰らない」
西村さんは声を上げて泣き始めた。
「やまだ…そろそろ…」
僕と同い年の従業員が僕を制した。僕はようやく悪態をやめることができた。気持ちを落ち着かせて、再びハイボールを喉に流し込んだ。
彼女からのLINE
後味の悪い送別会になった。お酒を飲み過ぎて痛くなった頭を押さえながら、後悔しながら帰りの電車に乗る。
そろそろ最寄りの駅につきそうな頃、LINEをもらった。
西村さんからだった。
「今日は送別会してくれてありがとうございました」
その一文の後に、もう一つLINEをもらった。
「あと、色々言ってもらってありがとうございました。今まで誰からもそういうの、言われたことなくて、びっくりしたんですけど…とっても嬉しかったです。やまださんのいう通り、ちゃんと自分のために生きれるようにします。もっと早くやまださんに会いたかったです」
僕はLINEを見て、嬉しいような、悲しいような、複雑な気持ちになった。
ただ笑顔で彼女を送りたかっただけなのに…変なところで熱くなってしまう、僕の悪い癖だ。
「おじさんぽい、説教じみたこと言ってごめん。西村さんの活躍をお祈りしてます」
僕は返信した。すぐに西村さんからLINEが来た。
「またご飯行きましょうね」
僕は、これ以上彼女と会っても、きっと彼女のためにならないと思い
「落ち着いたらね。じゃ、どうか元気で」
とだけ返して、彼女の連絡先をLINEから消去した。
以上
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