子供の心変わり
「パパ、なわとびしたいな」
キッズパークに行こうとさっきまで話していたのに、子供はかなり心変わりがある。好奇心が旺盛の裏返しの言動なんだと、僕は思う。
「いいよ、キッズパークはまた今度になるけど良いかな?」
「うん、いいよ。だってみんなと縄跳びしたいんだもん」
僕はチラッと妻を見る。妻は一人になりたい人間だ。普段土曜日に僕が仕事中にワンオペで弥生に付き合っている。
「ママ、一緒に縄跳びしよう?」
僕は少し緊張しながら妻の返答を待つ。きっと「うーん、ママごろごろしたいなぁ」と言うんじゃなかろうか。
「…いいよ。やよい、今何回くらい跳べるの?」
僕は少し驚いてしまった。妻の前向きな返事。一人時間の確保はもう良いのだろうか?
弥生はパッと表情が明るくなる。両親の気持ちに反して、子供は両親と一緒にいたいのだ。
「わたしね、3かいとべるんだよ!」
「すごいねぇ!」
僕は弥生が実際に縄跳びをしている姿を見たことがない。彼女は一体どんなとび方をするのだろうか。
やっぱり褒めて伸ばす
ラーメン屋から帰るとすぐに、玄関にある3色の縄跳びを弥生は奥から引っ張り出してきた。
「わたしのはピンク色ね!」
ピンクの縄跳びは他の色の縄跳びよりも気持ち小さく、明らかに子供用だと分かるものだ。
「はい、これパパのね!」
青い縄跳びを僕に差し出してくる。「ありがとう」と僕は一言伝えた。
「これは、ママの!」
緑色のは妻の縄跳びらしい。確かに妻の好きな色は緑色である。
弥生が玄関を飛び出して、遅れて僕と妻も出る。
「いくよ~!」
弥生はやる気満々だ。すると、彼女は両腕を大きくぶんぶん肩から振り回した。振り回したかと思うと、ロープが下につくと同時に勢いよくジャンプした。
1回目は成功した。
ロープが再び彼女の膝下までやってきた。彼女はさらに勢いよくジャンプ。
2回目も成功。
もう一度ロープがやってくる。彼女がそれよりも早めにジャンプした。
失敗。
「あーあ…」
具体的指示は片方から
3回は跳べる、と言っていた彼女の言葉とは裏腹に、前跳びは2回で終了した。彼女は下を向いた。
「きれいなジャンプだったよ。やよい、もう1回!」
僕は元気づけた。まずは今出来ていることを褒める。そして「もっとこうすればよくなる」というマネージメント手法と一緒だ。まずは承認欲求を満たして次のステップに進ませるようにする。
「やよい、とってもいいジャンプよ。1回一息ついてからジャンプすると、次また飛べるようになるよ」
具体的なアドバイスは妻から。僕からも具体的に指示すると、きっと弥生は混乱する。僕はモチベーション維持だけに努めた。
「うんうん、そうだよ弥生。次はいけるよ!」
「よーし…」
弥生が再び上を向いた。そしてもう一度チャレンジした。
3回で失敗
「やよい、さっきより跳べてる!」
「うん、跳び方もよくなってる!」
両親からの手厚い声援。子供の心は折れてない。
「もういっかい跳ぶ!」
弥生は再びジャンプする。
4回目で失敗
4回目で失敗
4回目でまた失敗
…
30回くらい、4回目で失敗しただろうか。弥生の脛はみみずばれになっていて、失敗が蓄積していることを表している。肩で息もし始めた。
「やよい、良い感じ良い感じ。ロープも足の半分は通ってるよ!」
「いけるよ!」
「よ~し…!」
弥生は渾身のチカラをふりしぼった。
「いーち…にー…さーん…しー…ごー…」
記録更新だ。だが彼女はロープを止めない。
「ろーく…しーち…はーち…きゅー…」
足がもつれてきた。もうダメか?
「じゅー…!」
大台を突破!さらに…
「じゅーいち…!じゅーに…!じゅーさん!」
何か月も3回しか跳べなかった彼女が、ついに殻を破った瞬間だった。
「じゅーよん!じゅーご!じゅーろく!じゅーしち!じゅーはち!」
このままいけ!もうすぐ20回!
「じゅーく!にじゅ…」
ぺちん!
縄跳びが弥生の脛を鳴らした。カウント終了の合図だ。
「すごい!!19回も跳んだぞ!」
「やったじゃん弥生~!!」
「ママ―!!」
髪の毛を汗まみれにしながら、弥生はママに抱き着いた。ママもぎゅっと、わが子を抱いた。
僕は無意識に拍手を鳴らしていた。
続く
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